楽屋楽しみ方

タンドールでナンを焼き食べる

タンドールでナンを焼き食べる。

非電化工房の後輩のあべゆかさんのワークショップ。
彼女の主としているワークショップは、タンドール窯自体を作成するものなのだけど、今回はお気軽にナンを焼いて、カレーと食べるというもの。

少人数の知り合いと、いっしょに秋の温かい日差しの中で美味しいものを食べるのは幸せ。

あべゆかの軽トラキャンピングカーの旅の話とか、バーベキューの話とか、佐渡島の話とか、養蜂の話とか、人と交流すると色々なことを交換できる。普段あまり意識しないことだけど、これって意外に凄いことなんじゃないかしらと思う。

ナンとカレーと楽しい会話で時間が過ぎてしまって、農家民宿的な紹介をし忘れてた・笑。
でも、こういうユルイ雰囲気なのもいいなぁ。それに加えて、ちゃんと紹介したり、楽しんでもらえる形も整えておこう。

それにしてもタンドールは応用範囲広そう。
ピザとか魚焼くとか色々とできそう!

お料理“思考”教室

お料理“思考”教室

先日、料理業界に転職された方がいらっしゃった。施設関係の給食の職業だそうだ。僕の調理師としての最後の職場は特別養護老人ホームのキッチンだった。色々とお話を聞いて、自分の経験や技術を、職場で生かしてもらえるようにお話した。

僕は色々な方面にフラフラしていたので、料理業界のエリートの人みたいに「センスで」みたいな料理をできない。もしもセンスというものが発揮される場合があったとしても、それは頭で咀嚼して納得した思考で基本形を作り、その上でのセンスである。

つまり、感覚だけでつくるのではなく、僕は自分なりの理論から料理をする。

料理技法は、刺身、汁物、煮る、焼く、蒸す、揚げる、炒める、などの基本的なものとその派生があり、それに麺、飯、和え物、デザート、などメイン以外のスタイルがある。

それに、和洋中エスニックなどの地方特有のフレーバーがあり

そして、甘い、しょっぱい、辛い、苦い、酸っぱい、旨いなどの味覚がある。

大体、上記のようなものの組み合わせで料理はできている。
それらを、食材、時間、予算、目的などの制約の中で「おいしいなぁ」と感じる組み合わせで、作り上げていくのである。

大切なのは、心の満足だと思う。それを実現するために思考する。
料理は現場に立っている人が最強だと思う。
高級料理は高級料理人、
家庭料理は、その家の主婦、
大量調理、ファインレストラン、
ホテル、大衆料理屋
どの料理が良いという絶対的な尺度はないと思う。
あるとすれは、それは心の満足の違い。

僕が作る場合は、民宿のお客様にシンプルに美味しい野菜を食べてもらうように作る。
塩だけとか、蒸すだけとか。野菜の味が良くわかる。
そういうのも上記の組み合わせで、作れる。

他の料理人の方々がどういうメソッドでお料理をしているかはわからない。
20代後半から料理業界に入った僕は、経験でカバーしきれないところを、自分で本を読んだりして、自分なりのメソッドを作っていくしかなかった。
それは、世界最高級店の料理ではないかもしれない。
でも、目の前の食材から、満足いく食べ物を作ることができるメソッドだと思う。
農家民宿 楽屋のコンセプトである「自給的暮らし」にはぴったりなのだ。

ということで、
僕も、自分なりに考えてきたこの御料理思考を人にお裾分けしてみようかなと思う。
今回、実際に教えてみたことで、さらにまとまってきた。

簡単に言ってしまえば、ある食材で、レシピがなくても、料理が完成できる方法である。

移転作業もやっと落ち着いてきたことだし、
こういうお料理教室を、自分の有機無農薬野菜でやってみてもいいかもしれないなと思う。

生き方を話し合う

生き方を話し合う

松岡さんが農業の手伝いに来てくれた。
台風の被害の心配もして下さって、何か手伝いでもあればとも言ってくれて。
玉葱やニンニクやジャガイモの保存処理が非常に進んで、とてもとてもありがたかったです。

それと、セルフキャリアの学習もされていて、それのレポートで金子にインタヴューもしてくれて、僕も面白かった。人との対話は自分を見つめ直す機会にもなる。
写真はお昼に食べた、バターナッツカボチャのクリームパスタである。
人が訪ねてくれると、まともなものを食べる機会にもなる。

先日、グリーンツーリズムの関係で文教大学の学生さんに、農家民宿についてインタヴューを受ける機会もあった。金子の進んできた道は、傍目から見てあまりにも一貫性がないので、話すのに時間がかかった。「でも、端折っちゃうと意味がなくなっちゃうんだ」と村上春樹風に思い、長々といらんことまで話してしまった。研究に役立つといいな。

そして、今度は、また大学のゼミ生からキャリア形成についてのインタヴューを受ける予定がある。色々なキャリアの人に取材をするんだそうだ。
高校時代の同級生がいまや大学の準教授になっているそうでその繋がりで。

人間は人間であることはやめられない。いくらテクノロジーや時代が進んでも。

とすると、我々人間は、自分の生きてきた道、生きていく道にやはり心を砕くことになる。色々な物事が世の中にはあるが、結局は全ては人間に帰結することになるのかもしれない。なんかアドラーもそんなこと言っていたような気がする。

農家民宿 楽屋もそういうことを話し合えたりする場所になりたいなと思う。
自然に囲まれて、広い意味でのキャリアデザインプログラムというかライフデザインプログラムみたいなのを作ろうかしらなんて思ったりもする。

自由にバーベキュー

自由にバーベキューをする。

先日、お庭のハーブガーデン作りを友人の正木さんが手伝ってくれた。
その後に、大学生さんがグリーンツーリズムについてのレポートを書くとかで、それのインタヴューに応えたりして。

そして、夜もふけてきた。
そうしたら、正木さんが、「バーベキューをやりましょう」と。
完全装備のバーベキューセットをもってきた。

男二人で、夜暗くなってから22時頃までバーベキュー。
有機野菜、とくに玉葱は甘くて美味しかった。
焼きそばも非常に美味しかった。
驚きだったのは、食パンをバーベキューすると、とても美味しいということ。

中学生のように、男二人でキャッキャ、キャッキャと盛り上りました。
こういうことを突発的にできるのも田舎暮らしの良いところです。ふふふ。

レタスの定植

レタスの定植

9月は夏から秋に大きく季節が変わる時期。暑さも幾分か和らいできて、生き物たちの過ごしやすい環境になり、植物たちも生命力を取り戻す時期。

そのタイミングで、暑い時期から大切に育ててきた苗を畑に植える。その定植作業も植物によって少し違ってくる。

アブラナ科の白菜やケールやキャベツなどは虫に食べられやすい。だから防虫ネットをする。キャベツやブロッコリーなどは9月の20日辺りからネットなしでも大丈夫な場合もあるが、そこは気候をよく見ながら、そして、手間を調整しながら(防虫ネットをする手間を削減するか、虫に食べられるリスクを削減するか、、、)、作業の選別をするのが農家の腕と経験。どっちを選ぶかがアドベンチャーである。

キク科のレタスはその点は農家には嬉しい。虫に強いのだ。防虫ネットなどの被覆材なしでも大丈夫。暑さにはそんなに強くないので、真夏の育苗はちょっと気を使うが定植まで持ち込めばこっちのものである。

その苗をお客様と植える。5センチくらいかな。そのくらいの小さな植物を点々と等間隔で植える。これがいつの間にか大きな野菜に育つと思うと、いつもすごいなぁと自然の摂理の不思議さを感じる。

そして、苗をいっしょに植えてくれた人に、育ったお野菜を食べてもらう楽しみも増える。

アロマタロットカード

アロマタロットカード

僕が農家になったきっかけはハーブである。ハーブに興味をもったきっかけはアロマセラピィである。アロマが好きな理由は、もう感覚としか言いようがない。

オーストラリア在住のときに、アロマのショートクラスを受けて、そこでこのアロマタロットカードを購入した。

ふむ。僕はけっこう理屈っぽい。ちゃんとしたいからだ。自分の頭で誠実に考えるべきところは考えたいからだ。思考を放棄することは美しくない。

しかし、思考に囚われることも、あまり良くないということが経験的にわかってくる。「常識とは今までに積み上げてきた偏見のコレクションである」と言った人がいるが、まさに我々の思考は、とても個人的に触れてきた情報の総体に過ぎないのだ。

そういうときに、タロットカードとか、一見自分の意思など全く関係ないものをやってみる。それは自然現象のように受け入れるしかない。それをどう捉えるかということが焦点になってくる。自分の意思は関係なく出てきたカードなのだから。

それは新しい角度の見方や、もしかしたら、、、という自分の思考の枠外のものを持ち込んでくれる。そして、このアロマカードが発するメッセージはみんな優しい。安心してできる。

本当かどうか、信じるかどうか、ということではなく、「世界を自分がどうとらえるか」ということを認識し楽しめることができる。

優しい、心の中のアドベンチャーツール。

生コーヒー豆を自分で焙煎

生コーヒー豆を自分で焙煎

僕は昔あまりコーヒーが得意でなかったのだが、オーストラリアで飲んだカプチーノがあまりにも美味しくて、そこから広がって、普通にコーヒーを楽しめるようになった。

研修で一年間お世話になった、発明家の藤村先生は、自家焙煎ツールも開発している。そして、それは市販もされている。

コーヒー豆を入れてシャカシャカとフリフリする。そのうちコーヒー豆がはじける音がして、良い匂いがしてくる。

自分でゴリゴリと粉にして、自分でお湯を注いでいただく。このお湯の注ぎ方でも全然味が違うのだ。不思議。

一杯のコーヒーを入れるのに、煎ることからやると、それなりに時間がかかる。でも、それは贅沢な時間をかけるべき時間なのだ。

現代は便利で、できるだけ時間も手間もショートカットしようとする。そして、数をこなそうとする。でも、数をこなすのが人生の目的なんだっけ?

どういうことが自分の心に喜びをもたらすんだろう。そういうことに時間と手間をしっかりかける。それが本当は人生そのものなんじゃないのかなと思ったりもする。本当のアドベンチャーはそういう心の動きの中にあるんじゃないかな。

コーヒーのはじける音と、漂ってくる素敵な香りにうっとりしながら、そんなことを思う。

癒される仕事合宿

癒される仕事合宿

オーストラリア時代の友人のが楽屋に来てくれました。彼女はITエンジニアさんです。普段はフリーランスで東京でお仕事をされています。

いつもは東京の喧騒の中でお仕事をされているのですが、「集中して仕事をしたい」とのことで、楽屋で独り仕事合宿を行うことに。

鳥のさえずりや、虫の声が聞こえる楽屋での作業は進んだ様子で、とても喜んでいただけました。東京から1時間少しという距離も来やすくていいと言っていました。こういう使い方も確かに喜んでもらる一つのサービスだよなと思いました。

お食事も、僕の農場の無農薬・無化学肥料のものを食べて、休憩時間にアロマタロットカードをやったり、オーストラリア時代の話に花を咲かせたり、生コーヒー豆を自分で焙煎して飲んだり。個人事業主としての会計の相談に乗ったり(金子実は会計事務所にも少しいました・笑)。

僕は自分の作業をすすめつつ、ときおりハーブティー出したりと。

仕事終了後は地元の美肌の湯に行ったりと。なかなか楽しんで頂けたようです。今回はかなり集中してお仕事されていたので、時間が無かったですが、これに加えて畑作業とかもやると、さらに面白いだろうなと思います。

仕事の進みと、心身のリトリートを望む方は是非、楽屋仕事合宿もいいですよ~。